| やわい体温 
 
 
 ちちち、と、軽やかな小鳥の囀り声。
 揺れるカーテンの隙間から温かな日の光が差し込んで、ゆらゆらと床に残す形を変える。
 
 「ザックス、ザックス、」
 
 間近から聞こえてくる自分の名前に、寝入っていたザックスの意識が僅かに浮上する。
 ああ、この可愛らしい声はクラウドだ。そうぼんやりと頭のどこかで考えたけれども、それでも連日夜遅くまで続いたデスクワークの疲れが、彼の瞼をなかなか上げさせようとしない。
 
 「・・・おい、ザックス。ザックスってば、」
 
 もう少し、もう少しだけ。お願いだからもう少しだけ、眠らせて・・・、
 
 
 
 がぶ!!!
 
 
 
 「いってえええええっ!?」
 「あ、起きた」
 
 突如鼻の先に走った鋭い痛みに、思わずザックスは跳ね起きる。
 そんな彼を、クラウドはやれやれと言った風に腰に両手を当てて見上げていた。
 
 「アンタさー、俺が何回お腹空いたって言ったと思ってんの。このままじゃ俺、飢え死にしちゃうじゃん。ばかー、」
 「おっ・・・お前なぁ・・・少しは我慢ってものを覚えろよ、我慢!俺は仕事で疲れてへとへとになって帰ってきて寝てんの!たまの休みぐらい、ゆっく、り・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「寝かせ・・・て・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 無理矢理覚醒させられたかと思えば悪態をつかれ。流石のザックスも恋人からのあんまりな仕打ちに、思わず滔々と朝から説教をしてやろうかと思ったのだが。
 語尾が尻すぼみに消えていったのは、黙りこくるクラウドの耳と尻尾が、段々しょんぼりと項垂れていくのが見えたから。
 
 「はぁ・・・あーもー、しゃーねーなぁ・・・」
 「!」
 
 渋々と呟かれた一言に、クラウドの三角の耳がぴく、と機敏に反応する。
 相変わらず甘いなぁと思いつつも、しかし可愛い恋人からの頼みなのだ。
 ザックスはがりがりと寝起きのぼさぼさ頭を掻くと、苦笑しながら目の前の恋人に手を差し出した。
 乗れよ、と。
 
 「んしょっ・・・と。・・・俺、今日はベーグルサンドが良いな」
 「はいはい。何でも作ってあげますよ、お姫様」
 「姫じゃない!」
 
 むっと頬を膨らますと、クラウドはもう一度、先程ザックスの鼻先にしてやったように、自分を運ぶ手の指先に噛み付いてやったのだった。
 
 「っ・・・いってーーーーー!!!」
 
 
 
 ザックスの恋人、クラウドくん。
 彼は、三角の小さな耳と、ふわふわの大きな尻尾を持つ、手乗りリスの妖精さんなのである。
 
 
 
 ***
 
 
 
 ザックスがクラウドと出会ったのは、日差しは暖かくなってきたとは言え、まだまだ肌寒い春先の頃。
 いつものように職場に向かったザックスは、いつものように窓辺にある自分のデスクに着き、そしていつものように自分のコーヒーカップに暖かい珈琲を注ごうとして、
 ふと、そこにあるものに気がついた。
 
 まあるいコーヒーカップの中に隙間なくぴったりと収まって、
 身体と尻尾を丸めてすやすやと気持ち良さげに眠る、何か。
 
 ぎょっとしたザックスが思わずソーサごと取り落とさんとすると、突如襲った大きな揺れにその生き物はびくりと目を覚ます。
 そして、何とかソーサもカップも放り出さずに手に持ったまま、間抜け面で腰を抜かしているザックスと、その生き物の目がばちりと合って。
 
 『・・・・・・た、食べても美味しくないからなっ!』
 
 第一声が、それだった。
 
 
 
 その後、何とか我に返ったザックスは、彼がコーヒーカップの妖精であるということを聞かされる。
 彼らは暖かい日差しの中、丁度良いサイズ、形、色のコーヒーカップがあると、そこ(底)に現れるのだという。
 そして折りしも偶然その条件が揃ってしまったザックスのコーヒーカップに、クラウドは召喚されてしまったのだ。
 
 妖精と言えども、某紅茶の妖精さんのように願い事を叶えられるとか、そういうサービスは行っていないらしい。
 偶々呼び出されてしまったら、少しばかり人間と話をして、そのまま国へと帰っていくだけ。
 一体何のためのシステムなのやら、と首を傾げたザックスなのだったが、彼らが再び国に帰るまでの期間は特に決められていないと聞くと、ふと心を過ぎる気紛れ。
 何だか面白い生き物を拾ってしまった、なんて思うと、すぐに帰してしまうのも勿体無いような気がして。
 二度と出会えるか分からないし、と言うことで、それからクラウドとの不思議な共同生活が始まったのだった。
 
 そして二人が恋人同士になるには、更にちょっとした事実の発見が必要だったのだが・・・。
 
 
 
 ***
 
 
 
 具沢山のベーグルサンドをぺろりと一足先に平らげると、ザックスは珈琲を啜りながら目の前で朝食を食べるクラウドの姿を見つめる。
 クラウドの分のベーグルサンドは元のサイズの半分の半分だったが、それでも彼の身体と同じぐらいの大きさだ。しかしこの小さな恋人が、可愛い顔をしているが意外にも大食漢で、このぐらいはぺろりと胃にしまってしまうことをザックスは知っていた。
 はぐはぐと夢中でがっつくクラウドに目を細めると、ザックスの指は知らず知らずの内に彼の三角の耳へと伸びていて。
 
 「・・・ん、・・・なに?」
 
 ちょいちょい、と柔らかい先端をつつくと、鬱陶しいと言わんばかりに耳がぱしぱしと揺れる。
 それでもめげずにちょっかいを掛けてくるザックスに、クラウドは漸くベーグルから顔を上げると、きっと一睨みをきかせてやった。
 
 「人が食べてるとき、邪魔するなって習わなかったのか?」
 「やー・・・だってさ、お前かあいくて」
 「理由にならないね」
 
 よっこらせ、とベーグルサンドを持ち上げると、クラウドは素早くテーブルの端へと避難してしまう。
 しかし避難と言っても、机の中央から端へと移動しただけ。ザックスからすれば、ほんの少し手を伸ばせば届いてしまう距離で。
 
 「なーあー。クラウド、ちょっとぐらい触らせてくれても良いだろ〜?」
 「やだ。鬱陶しい。気が散る。」
 「だってお前あったかいんだもん。ふかふかして、気持ちいいしさ、」
 
 そう言って、ザックスの手がクラウドの尻尾へと伸びた。
 柔らかくくるりと巻いた、彼の身体と同じぐらいの大きさのそれ。そしてザックスは、そこにある彼の弱点も知っている。
 最初はふわふわと、温かく柔らかいそれを軽く撫で付けてやるだけだったが。次第に指先は下へと潜り込み、そして尻尾の付け根の辺りをさわりとなぞってやる。
 その瞬間、クラウドの身体がびくりと竦み上がって。
 
 「・・・なぁ、感じちゃった?」
 「知ってんのにやるなっ!ばか!」
 
 尻尾の付け根の裏側。そこが、クラウドの性感帯。
 ザックスの意図を悟ったクラウドはきゃんきゃんと喧しく吼えるが、掠めるようにそのポイントを触れるザックスの指に、次第にへにゃへにゃと力を無くしていく。
 
 「しょ・・・食事中、なんですけどっ・・・!?」
 「んー・・・そうだなぁ・・・」
 「邪魔するなっ、・・・って、・・・ふ、ぁ、」
 「気持ちい?」
 「うぅ〜・・・」
 
 ベーグルに凭れ掛かるようにして身を震わせるクラウドの様子に、ザックスはにやりと嫌な笑みを浮かべると、ひょい、と彼の身体を掬い上げる。
 掌の上でふるふると震えたままの彼の髪に、耳に、頬に、唇を落とす。
 
 「・・・こ、珈琲、くさい・・・っ、」
 「お前コーヒーカップの精の癖にさ、何で珈琲飲めないんだよ」
 「に、苦い、から・・・」
 「はは、ホント・・・かあいい・・・、」
 
 そう言うと、ザックスはそっと目の前の小さな唇に、自分の唇を触れさせてやって。
 
 
 
 ぽふ、
 
 
 
 その瞬間、軽く何かが弾けた音と、ピンク色の煙が辺りを包む。
 そして次に煙の中から現れたのは、ザックスよりも一回り小さな影。
 金の艶やかな髪に、透き通るような白い肌。身長173cmの、美青年。
 耳と尻尾こそ無くなってはしまったが、それは確かに、大きくなったクラウドその人だった。
 
 「・・・アンタ・・・」
 「何?」
 「朝からやんのかよ、」
 「だって、勃っちったんだもん」
 「はぁー・・・あほじゃないのか・・・」
 
 やれやれと、クラウドはほんの少し頬を染めてかぶりを振る。
 そんな彼を嬉しそうに抱き締めると、ザックスはにんまり笑んで唇を落とす。
 ただし、唇以外に。
 
 「ちげーよ、クラウドがあったかくてやわっこい所為」
 「人の所為にするな」
 「あとー・・・人の眠りを阻害した所為」
 「明らかに後付の理由だろうが」
 
 鋭い突っ込みを受けつつも、ザックスは軽々とクラウドの身体を横抱きにすると、寝室へと向かって歩き出す。
 何かいつでもやわっこくてあったかいんだよなぁ、なんて頬ずりをしてやると、大きくなっても健在なクラウドの白い歯が、ぎらりと不穏に光ったのだった。
 
 
 
 
 |